FC2ブログ
blog top Category Archive All title Search RSS Admin
プロフィール

Awakes(統心)

Author:Awakes(統心)
自称・真理探究35年。
覚醒ナビゲーター。
大阪市在住。
意識進化について独自の研究をして参りました。

関西ヌーソロジー研究会を主宰しています。

~人類が神を見る日~ について皆さんと共に徹底的に探求して行きましょう。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
C a t e g o r y A r e a
[------]
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--------(--) --:-- スポンサー広告 | 編集 |
[20130617]
ミクロとマクロの事について書きたい。

前回はヌーソロジーにおける論理的発展システムである「双対四進法(ペンターブシステム)」について書いた。ところで私がこの「ペンターブシステム」は「4進法」であると留意した点について読者のふうさんからコメント欄にご意見があったが、私も同じ事を考えている。つまりN進法としては4進法なのだが、5で1に戻ることの意味の大切さからペンターブ(5度)というニュアンスも重要ではないかという事だ。似たケースでは音楽におけるオクターブ(8度法)がある。オクターブという関係は、1番目と8番目の音が「同じ音で周波数が倍=高い音」になるが、これもN進法で言えば「7進法」。実際インドでは7を意味する“saptak(サプタカ)”という言葉がオクターブに相当する用語として使われるらしい。

という事で、文脈に応じて「双対四進法」と言ったり「ペンターブ・システム」と表現すれば良いと思う。実は私がわざわざここに留意したのは、ヌーソロジーを浅い理解で自分流に解釈して「宇宙は5進法です」と人前で大胆に言ったりする人がいるものだから、ひとこと言っておきたかっただけである。



さて本題に入ろう。今日のお題は「ミクロとマクロ」。これは前回の第2回ヌーソロジー教室の復習も兼ねた内容である。それでは始めよう。

●ミクロとマクロは対称的な方向として見なければなりません
シリウスファイル:19900207(人神が神を見る日アドバンストエディションp151・・・以下、人神アドと省略する)

これだ、オコツト言説、シリウスファイル。ミクロとは無限小方向、人間から見ると素粒子を観察する方向性。マクロとは無限大方向、広大な宇宙に向かって望遠鏡を使って観察していく方向性だ。その二つを「対称的な方向」として見るべきだとオコツトは言う。

私とこのブログはオコツトを自分たち人間以上の知性体(高次元知性体)であると素直に受け入れ、彼の言うことを理解し感覚化させるために全精力を傾けるというスタンスを取る。たとえ彼の言うことに振り回されて人生を棒に振るようなことがあっても一向に構わないという決断を既にしている。そしてその大先輩にして先駆者であるのが半田広宣氏であるという事だ(ここ、笑うところデス)。

さてヌーソロジーでは歴史上において空間認識の変遷が人類の意識に大きな影響を及ぼしてきたと見る。歴史上一番大きな空間認識の変遷と言えば、やはり天動説から地動説への移行だ。大地は不動で宇宙全体がこの大地を中心に回っているという「天動説」の見方から、実は太陽が中心となって大地はその周りを回っているという「地動説」に認識が移行した。同時に訪れた大航海時代により、大地が丸い球体であるという認識が実証された。大地が球体であるということは上下方向、天地方向の対称性をもたらす。ブラジルの皆さんが天を仰いで見ても、私たち日本からすれば、その方向性はトイレを流す方向なのである。「ブラジルの皆さん、聞こえますか~」。もちろんその逆も成り立つ。南無三!

大地が球体であることを知らない時代では上下の関係性は不動ということになり、これが「2次元対称性の時代」。つまり前後左右の対称性しか知らない、上下は入替不能という空間認識のこと。この時代では身分制度はごく当たり前となる。生まれながらにして身分が固定されている奴隷制や封建制、カースト制なども当然の如く存在する。上下の対称性がない空間認識では身分の上下に違和感を感じないというわけだ。

それが地動説の時代に入り、大地は球体でかつ宇宙空間に出れば上下も対称的な方向に過ぎないことが分かると「3次元対称性の時代」に入った。これがちょうど400~500年ぐらい前の出来事で、そこから世界は「近代化」の時代に入る。科学的合理主義が台頭し、ヨーロッパでは宗教改革を経て、教会の絶対的な支配や封建制度から徐々に脱却していく。国家としての絶対君主制なども起きてはやがて衰退・消滅し、民主主義の時代となり、身分差別や奴隷制度などから紆余曲折を経て次第に解放され自由や平等という思想が普及し現代にいたる。これらは「3次元対称性認識」の賜であるとヌースの文脈では説かれる。

そして「人類よ、そこから先に進め」とオコツトは伝えてきたのだ。「4次元対称性の時代」が到来する(既にしている?)というのである。否、オコツトによれば2013年からはさらに進んで「5次元対称性の時代」に突入しているのであるが・・・4次元が分からなければ5次元など分かるはずもない。

●5次元対称性を理解するためには、当然のことながら、まず4次元対称性を見るための感覚機能を発現させなければなりません。(人神アドp86)

という事なのだから、「5次元対称性って一体何だ?」という疑問を持つ前に、まず「4次元対称性を見る為の感覚機能」を発現しようじゃないですか。どこまでもこのブログと関西ヌーソロジー研究会のスタンスはここにあります。まず「4次元対称性を見る!」ということ。それを感覚化すること。これを感覚化してナンボってことです。

しかしオコツトは間髪を入れず冷や水を浴びせてくる・・・

●あなたが今持っている3次元認識からこの4次元認識への移行は同じ1次元の差であっても、2次元から3次元へ移るのとはかなり大きな違いがあります。3次元から4次元へのシフトには人間型ゲシュタルトの解体が必要となるのです。(人神アドp86)

それは簡単な話ではないというのだ。人間型ゲシュタルトの解体、つまり人間として私たちが持っている認識システムそのものを解体する必要があるというのである。大変な話になってきた。だがその為に手取り足取り渋い助言をオコツトは残していくのである。その一つが冒頭であげた「ミクロとマクロの対称性」だ。

「ミクロとマクロの対称性」というお題を与えられて広宣氏は試行錯誤する。
(以下、○は広宣氏、●はオコツト)

○あなたとのコンタクト以来、ミクロとマクロが引っ繰り返った空間イメージを作ろうとしてるのですが、いまだにそれがどういうことを意味するのか分からないのですが・・・

●それはあなたが相変わらず人間型ゲシュタルトとして反転を描像しようとしてるからではないですか

○どういうことですか

●反転という操作自体が人間型ゲシュタルトを崩すことを意味しているのですから、人間型ゲシュタルトの中で反転を試みようとしても無理です。ミクロとマクロの対称性を感覚化するためには、まず反転した物体の中心点とは何かを見出す必要性が出てくるでしょう
(~人神アドp165)

ほぉ...なるほど。「ミクロとマクロの対称性」を発見するには「反転」という操作をしなければならないらしい。他方に別の表現もある。

○その一つとして、オコツトは物体の内部と外部の認識関係を逆転させる発想を勧めてきたというわけだ。そして、このことは別の言い方をすれば、わたしたちが無限小と無限大と呼んでいる二つの対峙する空間の方向性を等価なものとする思考様式を作れということを意味している。(人神アドp153)

「ミクロとマクロの対称性」を見ることと「物体の内部と外部の認識関係を逆転」させることは同じ意味であるということだ。

オコツトはまた「反転した物体の中心点とは何かを見出す」必要があると言っていた。それはいわゆる「無限遠点」のことである。

○物体の外部の空間が内部側に反転したとすれば、そのときの内部側の中心点とは、わたしたちが普段、無限遠点としてイメージしているところということになりますが・・・

●そうですね、その無限遠点が一体何なのかを理解することが高次元世界に入るための重要なカギとなります。それについてはもうしばらくあなた自身で考えて下さい。
(人神アドp165)

さてここから「無限遠点」を探す旅になる。その為に「空間認識の反転」としてファーストコンタクト時に送られてきた「反転する二重球体」という概念と共に、オコツトは「ビッグバンの真実を探れ」と示唆してくるのだ。

○そしてオコツトは、この理解を促すための論理が現代物理学の宇宙創生論の中に隠されていると示唆してきた。現代物理学の宇宙創生論......それは、すなわち、ビッグバン理論である。
(人神アドp169)

●マクロの極限であるこの球面世界としての特異点と、ミクロの極限である点としての特異点という、この二つの特異点の関係性の中に、タカヒマラの中に入っていくための一つのカギが隠されています。
(シリウス革命p216)

オコツトはビッグバン理論の矛盾を突きながら、「ミクロ=マクロ、マクロ=ミクロ」の思考様式へと私たちを導いて行こうとする。



さて、その詳細は次回に譲ることにして、今回は「ミクロとマクロの対称性」を見るということは、私たち自身の生活空間の中で一体何を意味するのかという事を探ってみたい。今から500年ほど前、上下・天地の対称性を見ること=「3次元対称性」を人々がまだ知らない時代、「地球は丸い」という当時は迷信のように思われていた概念を実証する為にマゼランが「地球一周の大航海」へ無謀にも挑戦することがその証明であったように・・・いま「新しい大航海時代」とは何なのかということを探ろうというわけだ。一体私たちはどこに向かえば良いのか。どこに向かって大冒険を決行すればいいんだ?血湧き肉躍る読者の皆さんの中にはそのような方が多いのではないか?さあ理屈は分かった、で、我々は一体何をすればいいんだい?とね。実はまだ理屈が分かってなかったりして・・・。

ここで頭を少し整理しよう。「4次元対称性」時代において決行すべき大冒険とは何か?前時代において「3次元対称性」を探る為の冒険とは「地球一周大航海」であった。それは3次元対称性が「上下・天地の対称性=地球は丸い」を意味したからだ。対称性とは引っ繰り返しても成り立つということ。
いま私たちはまず「4次元対称性」を探している。その一つが「ミクロとマクロの対称性」であるとオコツトは示唆してきた。マクロとは「天球の地平線」を意味していて、その向こう側はミクロに繋がっているとでも言いたいのだろうか?(それについては次回に深く考察する)。だがこれではその大冒険を決行できるのはNASAのエリート宇宙飛行士だけという事になってしまう。しかもその実現可能性は限りなくゼロに近い。他にはないだろうか?現代の主役は庶民だ。庶民である私たちが実際に決行できるような大冒険でなければ意味がない。さて、現代において人々が恐れるような「地平線」は?「その向こう側にいけば死ぬぞ!それ以上先には行ってはいけない!」と言われるような大航海前夜の「地平線」のようなものは...........?

それ以上進めば死ぬかも知れないと恐れられているような地平線とは......?
ん、死?もしや、死そのものか?生と死との間にある誰も知らない境界線...確かにその線を越えれば死であり、越えなければ生というような概念的な線がある。それを越えろということか?

○オコツトは物体の内部と外部を逆転させる発想を勧めてきたというわけだ....(人神アドp153)

●特異点の向こうにある世界と特異点のこちら側にある世界の意味について、もっと考えてはどうかと言っているのです。(シリウス革命p214)

●あなたがたにおいては、真実の意味において宇宙の内と外が逆転してしまっているのです。本当の外部宇宙はあなたがたの心の方向にあると考えた方がいいでしょう。否、正確に言えば、あなたがたの思考や記憶が存在している空間を発見した時の世界、それが本当の意味での人間の外部世界に至る入口なのです........そこに虚の宇宙があるということです。(シリウス革命p222)

これだ。これが現代の大冒険の方向だ。

●4次元対称性の認識が生まれてくると、物質という概念は全く意味をなくしてしまうでしょう
●変換人の意識に進化すれば、人間の死は克服されます
●これから起こる意識進化とは、人間が生きながらにして死後の世界へ入っていくという言い方ができるかもしれません
(人神アドp88~p89)

間違いない。これだ。ここらで勝手にまとめさせていただく。

・500年ほど前の大航海時代、人々には3次元対称性の認識が生まれていなかった
・それは「地球が丸い」ということにも確証が持てない時代であった
・マゼラン率いる大艦隊は地球一周の大冒険に出かけ、それ以上進めば死ぬかも知れないという地平線の向こう側にずんずんと進んでいった。その結果、地球が丸いことが実証された

・現代、4次元対称性の認識を生み出す時代が訪れた
・それは「ミクロ=マクロ」ということに確証が持てない時代であった
・それは「物体の内部=外部、外部=内部」ということに確証が持てない時代であった
・現代の冒険家は、それ以上進めば死ぬかも知れないという「生と死の間の地平線」を乗り越え、死を克服する。それは同時に物質という概念を無効にすることを意味する。

大航海以前の時代でも地球は球体であった。人々はそれに気づかなかっただけだろう。現代にもそれと同じ事が言えるのではないか?つまり「生と死は地続きであり境目はない(=無境界)」のであり、それは「物体の内部と外部の無境界」を見抜くことであり、また「空間と物質の無境界」を見抜くことは「物質概念の消滅」でもある。それは「虚宇宙」発見の意味でもある。

虚宇宙・・・これが「死後の世界」と呼ばれてきたものではないだろうか?今まで霊能者と呼ばれる人々が専売特許的に扱ってきた「死後の世界」「霊の世界」・・・それらはかつて3次元対称性を知らない時代の人々が地平線の向こう側は滝のようになっていて永遠の奈落の底に落ちてしまうなどと信じていたことと同じレベルではないか、という話である。

そう、「死後の世界」「虚宇宙」というのは実はいまここに厳然としてあり、そこと「いま生きている世界」「実宇宙」とは「4次元対称性」で繋がっていて無境界であり、自由に行き来できる世界なのだ。というか、「4次元対称性」の認識が生まれれば両者の区別はなくなるということだ。それはつまり、4次元対称性の認識以前に仕入れた「霊的知識」などは全て捨ててしまえと言っているのである。ヌースがスピリチュアル世界からもトンデモ視されてきた理由がここにある......

おぼろげながら見えてきた現代における大航海。ミクロ=マクロを発見しに行く大航海とは、生と死の境界を越えることでもあり、物体の内部=外部の無境界を発見することでもある。それをヌーソロジーでは「人間の外面の顕在化」と呼んでいるのである。

続きは次回ということにしよう。

Awakes(統心)


スポンサーサイト
2013-06-17(Mon) 14:21 ミクロ・マクロ | TB(0) | コメント:(0) | 編集 |


copyright © 2018 Awakes(統心) all rights reserved.

Template By innerlife02

RSS1.0 ,


検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。